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2020年06月04日

エッシェンバッハ ブラームス交響曲第4番は濃厚なロマン性

こんにちは
ともやんです。

1970年からクラシック音楽に触れてきた僕としては、クリストフ・エッシェンバッハと聞けば、ピアノの貴公子という言葉を思い出します。

しかし、その後は、あんなになっちゃってという言われようで、なんか神童、秀才と言われた学生が、その後ヤクザな道に進んだみたいな言われようです。

しかも、繊細で神経質そうな文学青年みたいな風貌もなんか怪僧を思わせるような不気味なイメージを醸し出しています。

僕は、若い頃の透明感のある歌声と長髪で、悩める青年的なイメージだった松山千春が、やはり凄みのある親父に変わったみたいで、僕の中では、風貌的にはエッシェンバッハの変わり様と松山千春の変わりようはリンクしてしまっています。

エッシェンバッハ もともと指揮者志望だった


エッシェンバッハの変わりようを嘆く人は、実は本人の意識と相当ずれているということです。

もともとエッシェンバッハは、幼少の頃から指揮者志望で、ピアノはその夢を叶える手段だったそうです。

ところが誰が付けたか知りませんが、ピアノの貴公子なんて、本人の意識とずれたイメージを聴く人に植え付けられてしまったので、指揮者としての演奏が、グロテスクな雰囲気をぷんぷん醸し出しているので、昔から知る人は、昔は、ああじゃなかったのにと思われてしまうようです。

実は、僕のその一人で、巷で聴くエッシェンバッハ評は、現在もっとも病的な演奏をする指揮者で、それをそのまま鵜呑みにして自分で確かめることを怠っていたのです。

音楽評論家の中には、いくつかの演奏の例を挙げて、エッシェンバッハの演奏は、誇大妄想、分裂、躁鬱、異常興奮、情緒不安定という言葉が当てはまる、とも書いています。

僕は、やはり良い悪いは聴いてみなきゃわからないというスタンスで、いくつかの演奏を部分的に聴きましたが、言われるほど変じゃないね、という結論に至りました。

このブラームス交響曲第4番も第一楽章の主題をこれほどまでに、情感を込めて濃厚ねっとりと演奏されたのは初めて聴きました。

これはこれで悪くない、と思い、誰がなんと言おうと、自分のやりたい音楽をやり通そうとする姿勢には、かえって清々しさを感じます。

エッシェンバッハ ブラームス交響曲第4番

ヨハネス・ブラームス - Johannes Brahms (1833-1897)
交響曲第4番 ホ短調 Op. 98
Symphony No. 4 in E Minor, Op. 98

1.(12:45) I. Allegro non troppo
2.(11:44) II. Andante moderato
3.(06:14) III. Allegro giocoso - Poco meno presto
4.(10:58) IV. Allegro energico e passionato - Piu allegro
total(41:41)

5.(18:43) ハイドンの主題による変奏曲 Op. 56a5.
Variations on a Theme by Haydn, Op. 56a, "St. Anthony Variations"

6.(03:14) ハンガリー舞曲集 WoO 1 - 第5番6.
21 Hungarian Dances, WoO 1: No. 5 in F Minor

シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭管弦楽団 - Schleswig-Holstein Music Festival Orchestra
クリストフ・エッシェンバッハ - Christoph Eschenbach (指揮)

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posted by ともやん at 09:43| Comment(0) | クラシック名盤 名演奏100 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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