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2020年05月10日

チェリビダッケ ベートーヴェン交響曲第7&8番

こんにちは、
ともやんです。

新型コロナウイルス禍のもと、クラシック音楽を聴く時間が増えて喜んでいましたが、流石に自宅待機も2ヵ月目に入り、アルバイトも全くできないので、経済的に苦しくなってきました。

なんとか、6月からある程度戻ってほしいと思います。

さて、セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)とミュンヘンフィルのライブ録音による、べートーヴェン交響曲第7番と第8番を聴きました。

非常にユニークな演奏なので、ある意味とっても楽しめます。

チェリビダッケのベートーヴェン交響曲第7&8番を聴いて


最初に言わせて頂くと僕はチェリビダッケの演奏をあまり聴いていません。だからイメージもあまり掴んでいないし、ただ、『カラヤンとフルトヴェングラー』中川右介著などで、だいたいどんな人なのかは、朧げにつかんでします。

第二世界大戦後、フルトヴェングラー復帰までの尽力と、その後の両巨頭時代の功績は、誰もが認めるだけです。

だから、周囲からは、フルトヴェングラーの後継者と見られていたのに、フルトヴェングラー亡き後は、カラヤンが終身指揮者となり、チェリビダッケは、その功績が抹殺されるようにベルリンフィルを去ってしまいました。

チェリビダッケが、フルトヴェングラーの後任になっていたら、ベルリンフィルのスタイルも全く違っていたのではと好意的に言う人もいるらしいですが、個人的には、多かれ少なかれ、楽員たちと対立して、去る運命だったと思います。

そんな個性と言うかアクの強さがこの演奏にも出ています。

まず、第7番は最初から、テンポの遅さに驚かされます。
クレンペラー的な大理石にノミを打ち込むような刻明さとは違い、なにか瞑想的な雰囲気です。そしてもっと驚くのは、主部に入ってからの躍動感のなさです。

オーボエで奏される主題は、弾むような躍動感で演奏されることが多いですが、チェリビダッケは、まるで跳ねないよう、弾まないようにしているみたいです。
しかし、それがのっぺりすることなくこの曲の旋律の美しさを際立出せています。

このスタイルは、続く第2、3楽章も同様です。

そして終楽章もそのスタイルは変わりませんが、大きくうねりながら盛り上がって行きます。テンポはほとんど変わらず、遅いだけにその興奮はじわじわとやってきます。

演奏終了後、一呼吸おいての歓声と拍手がその感動を物語っています。演奏時間約43分は、聴いたなあっていう満足感を与えてくれる演奏です。

第8番は、第7番の6年後の演奏ですが、同日の公演じゃないか、というほどよく似た演奏です。
まず度肝を抜かれるのは、イントロのティンパニの一打。
これで気合を入れられて、ちゃんと聴けよ!と姿勢を正された思いです。

あと感銘を受けたのが、ミュンヘンの観客。
どっかの国の演奏が終わるか終われないかで、蛮声のようなブラボー屋がいないのが最高です。

チェリビダッケの演奏が終わった、一呼吸置いて余韻を噛み締めてからの拍手と歓声でした。

チェリビダッケの演奏同様、観客も素晴らしいです。

録音日時
第7番:1989年1月20日 ミュンヘン
第8番:1995年1月4日 ミュンヘン

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posted by ともやん at 11:37| Comment(0) | クラシック名盤 名演奏100 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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